母の日の本当のプレゼントは、子どもたちの笑顔ですね。
今週のお題「母の日」
ほんのよこみちです。
今日は母の日ですね。
私の実母はもう亡くなっているので、送る相手はいないんですが。
なんて、生前も送ってなかったんですけどね、物を欲しがる人じゃなかったので。
そして私も母となりまして、子どもたちから特にもらったりしていません。
花とかエプロンとかの定番品はいらない、欲しいのは本だけ、なんて言ってるからですね(^▽^;)
「女性は花が好き」とか「母親にはエプロン」とか、確かにそういった商品が売れているようですけど、なんでかなあ、と思うんです。
私も花は嫌いじゃないですけど、花を買う余裕があるなら、本が欲しい(^▽^;)
お洒落なエプロンも嫌いじゃないけど、そもそも料理が苦手。
仕事で黒エプロンは毎日使うんですが、そんなんもらったら「え?きりきり働いて稼いで来いってこと?」とか思ってしまう~(^_^;)
まあ、本なんて、送る方も送られる方も、かなりリスキーだってわかってるんですけどね。
好みに左右されるし、同じものは二ついらないし。
それに、母親にそこまで神経使う必要ないと思うし。
なので、やっぱり一番のプレゼントは、子どもたちの笑顔だと思います。
うちの子は、上が就労準備中で、ADHDとパニック障害らしい。
下の子は不登校中学生で、勉強と人づきあいがよくわからないらしい。
しょっちゅう具合悪そうにしているし、世界の終わりみたいな顔をしているし、調子のいいときはうるさい。
なので、なんもいりません。笑顔が一番。
私も人間なので、家の中で泣きごとを延々と聞かされたり、陰な空気を吐きまくられたりすると、もう無理!と両手を挙げます。
がんばらないことはないけれど、子どものためだけに生きているわけじゃない。
母親にも、個人としての人生があるし、そこを追求する権利まで放棄した覚えはない。
母親神話の呪縛力に、全く捕らわれていない人もいると思いますけど、一度捕らわれてしまうと、結構しんどいんですよね。
そして母親以上にしんどいのが、子どもがそれを信じて捕らわれた場合。
母親は聖母マリアなんかじゃないですから、理想像をスタンダードレベルにしてしまうと、みんな不幸な子どもたちになってしまう。
母親に求めることを神さまレベルに上げた結果、満たされない思いばかりが増殖しますからね。
そりゃ、どの母親も「毒親」になりますって。
一滴の毒もない人間は、この世には存在しませんから。
なので。
私も、子どもたちが何かしてくれるのが当たり前、とは思いません。
子どもたち自身が楽しくて、本当に笑顔でいられるなら、それでよし。
親子と言えど、他者ですから。
その代わり、私も、できることしか子どもたちにはしてやれません。
母親と言えど、人間ですから。