大崎清夏さんの詩集『指差すことができない』を読んで、詩の文学性を再認識する。
ほんのよこみちです。
大崎清夏さんの『指差すことができない』を読みました。
大崎清夏さんは、この詩集で中原中也賞を受賞されています。
詩の朗読活動もされているようで、海外の詩のイベントにも参加されている行動的な方です。
1/12 双子のライオン堂 @lionbookstore にて、『詩人 大崎清夏 @chakibear と巡る世界の詩』第3回を開催します。
— てわたしブックス (@tewatashibooks) 2019年12月26日
ゲストは詩人で、Ilya Kaminskyの翻訳でも知られる佐峰存さん @versesse 。
2020年に向けて熱くなるUSAの詩を語りつくします。
お申込みお待ちしていますhttps://t.co/VMl3FD3IvX
私もこちらの講座⤴に伺わせていただく予定なんですけどね。
第1回、第2回の講座でお話をうかがううちに、「世界の詩ももちろん興味深いけど、大崎清夏さんの詩の世界も面白そう……」と思いまして。
年始早々に行った本屋さんで、偶然見つけたので、買っちゃいました☆
ネットの口コミで「うまく言えないけど、なんか好きな本」というようなレビューがあり、なんとなく、そういうもんかなあと思っていたんですが。
ホントに「うまく言えないけど、なんか好き」ってあるなあと思いました。
物語世界の構築が好き。
大崎清夏さんは、物語の世界をつくりながら詩をつくる……というようなことを、前回の講座で仰ってたんですが。
詩の一つ一つが確固たる世界を持った小説のようで、短編集を読むような感じで詩集を読み終えていました。
面白い。
私の一番好きな詩は「暗闇をつくる人たち」で、これは二次創作したくなるパターンですね。(発想がオタクですみません💧)
暗闇を修理する人がいて、その人の仕事ぶりに憧れていて、でもその人がいなくなって、自分が代わりに修理することになって……って、一見王道ストーリーなんだけどそんな単純なモノじゃないのよ……っていう、それ!
「森がある」という詩も、不思議な世界に迷い込むような詩で、面白い。
詩ってこういう書き方もできるんだよなあと、あらためて感じた次第です。
自由と自立と自律をうたうような言葉が好き。
「ラ・カンパネラ」という詩に、次のような言葉があるんですでね。
所有格を離れると、熱望は鈴になる。
実はその3ページ前に、鈴はぶっ壊れそうになっています。
その上で、
視界いっぱいに、鈴がとんでゆく。
ですよ。
なんか、胸があつくなります。
所有格というのは、人間に対する呪いの印ですよね。
もちろん、それを安心・安全・安定ととらえる見方もありますが。
個人を固有名詞ではなく、一般名詞にしてしまう道具が、所有格ですから。
たくさんの鈴がとんでいる世界って、いいなあと思います。
この詩もすごく好きです。
社会風刺は、ユーモアとかっこよさで。
この詩集の中にも、社会風刺の作品はあります。
それを読んでいると、やっぱりユーモアとかっこよさだよなあって思います。
日本人は同調圧力の強い国民性ですから、風刺があんまりうまくありません。
それも含めて、海外のニュース記事なども参照されていて。
そして、醜さに向き合って逃げない矜持、ですよ。
「うるさい動物」という詩の註にこんな言葉があります。
言葉は人間がさいしょに被る震災です。言葉は人間が毎日受けつづけている暴力です。
詩人の方の言葉として、すごく重いですよね。
何気なく発した言葉が、これまでいかに多くの災害を引き起こしてきたか。
毎日、どれくらいの暴力を、他者に及ぼしてきたか。
わかっていても考えたくない現実と、向きあって考え続けている。
他の詩人の方も、あえて口に出されないだけで、皆さんそうなのでしょうけど。
言葉に真剣に向き合うことの、言葉という力に対する責任と自覚を、あらためて感じました。
まとめ
大崎清夏さんの『指差すことができない』を読んで、詩は文学である、ということを再認識しました。
物語性があって、ユーモアと矜持をもって社会とつながり、自由で自主自律している文学。
多分、そういうのが自分は好きなんだなあと、まあそういうことですね。なんだ自分語りかよ。
詩と小説との境目とか、エッセイとの境目とか、そういう細かいことはおいといて。
学問としての詩の追究とか言われたら、ちょっと何も言えなくなってしまうんですけど。
一般市民の目線で読むなら、大崎清夏さんの詩ってホント「うまく言えないけどなんか好き」というカテゴリに入ると思うんですね。
一般市民? ひょっとしてオタク目線では?
(近年、オタクと化した子どもたちとサブカルの話をしているので、感覚がどんどん普通のオタクに戻ってきている、30年前オタクだったワタシ……)
この詩集を読んで、詩とは何か……なんてことに頭を使う前に、好きな言葉を、好きな文章を、好きな世界を、楽しんでいいんじゃん? と、あらためて思いました。(……って、再認識してばっかりやな💧)
文学って、やっぱり人間を救うものだと思います。
学問としてとらえることで救われる人もいれば、人生を考えることで救われる人もいるし、心洗われたり楽しむことで救われる人もいる。
楽しみ方は人それぞれでいいし、こう読むべし! なんて受験じゃあるまいし。
だから、文学は面白いんですね。
明日からまた忙しい日常が始まります。
ゆっくり本を読む時間も、なくなってしまうかもしれません。
でも、文学を楽しめるのも、生きている間だけですから。
なるべく時間をつくって、そのとき読めるものを、楽しんでいきたいと思います。
ありがとうございました。m(_ _)m