ほんのよこみち なブログ

元不登校の高校生と、ひきこもり→就労準備中の子を持つシングルマザーが、このくにで生きることを考えながら、本と好きなことを語ります。

多和田葉子さんの『穴あきエフの初恋祭り』を読んで感じた、日本の不安と無国籍な異界。

ほんのよこみちです。

多和田葉子さんの『穴あきエフの初恋祭り』を読みました。

 

穴あきエフの初恋祭り

穴あきエフの初恋祭り

 

 

多和田葉子さんは、ドイツ・ベルリン在住の作家さんで、日本語でもドイツ語でも書かれているし、その作品は30以上の言語で翻訳されている、すごい作家さんですね。

私も15年くらい前から好きなんですが、ここ10年くらいはあんまり読めていませんでした。

まあ、生きているといろんなことがありますから、小説を読むのが辛い時期もあったりします。

そういうときは、気の向くままに読みたいものを読んで、じっと時が来るのを待っていました。

で、時が来ました。

 

この『穴あきエフの初恋祭り』は短編集で、2009年から2018年までに『文学界』に掲載された小説7編が、入っています。

この10年間の小説をまとめて読んでみると、いろんなことが見えてくるような気がします。

(以下、ネタバレありますので、ご注意ください。)

 

最近作にあらわれる日本と不安。

多和田葉子さんはベルリン在住で、世界中を移動されている作家……という印象がありますので、もともと小説の舞台が、ドイツなどのヨーロッパ等というのは、普通に見受けられます。

もちろん、日本を舞台にした小説もたくさんありますし、異界モノ……というのもあります。(『飛魂 (講談社文芸文庫)』の舞台は異界ですよね?)

なんですけど、この本の収録作のうち、発表年数のあとの3作品が、いずれも日本を舞台にした作品で。

しかも、ホラーかと思うほど、主人公の不安感が前面に出されていて。

そして、みんなヘタレ。

これはちょっと、今の日本人のどうしようもないビビり加減を書かれているのでしょうか……と。

特に2018年発表の「胡蝶、カリフォルニアに舞う」と「文通」は、とても怖かったです。心理ホラーでした。

 

そんなふうに感じつつ、今日の朝日新聞の夕刊を読んでいたら、多和田さんのインタビュー記事がありまして。

「あれ(震災)以来なんとなく日本での活動が増えていますね。日本に心が戻りました」と仰られていました。

なるほど!

そういうことであれば、2012年2月号くらいまでの作品は、ひょっとして震災前の作品で、その後の作品は震災後……という、作風の変化も納得です。

多和田さんを変えてしまうほどの衝撃が、あの震災、というのも納得しかありません。

 

でも、やっぱり日本人の自信喪失ぶりは、読んでいると怖くなります。

 

ここではない世界や独特のテンポ・文体も面白い。

反対に、多和田さんの震災前(と思しき)の作品は、ここではない(と読める)世界や、独特の言葉のテンポ、文体が面白いです。

「おと・どけ・もの」の素潜りしているみたいな、怒涛の文体とか。

「てんてんはんそく」の、読者を煙に巻くような文章とか。

「鼻の虫」のミニマムな世界と、謎の工場、とか。

こういう、ちょっと躓きそうになるかもしれないけど、一生懸命がんばって読んでついていく努力が、また楽しい……みたいな、そういう面白さがあるんですよね、多和田文学には。

それでも、読む人間を選ぶ……と言われていた頃の作品に比べると、ぜんぜんとっつきやすいです。

文学素人の私でも理解できるレベルに降りてきていただけることは嬉しいんですが、登る山が低くなってしまうのも困る。

いろんな楽しみ方のできる作家さんですし、作品集です。

 

誤字も次なる文学に続くと思えば、楽しみが広がる。

多和田葉子さんといえば、言葉遊びを多用される方です。

なので、読みながら、感想をノートにメモする際の誤字すら、消さない方が文学になるんでは? と思ってしまいます。

例えば表題作の「穴あきエフの初恋祭り」。

キーボードで打つ分には、こんな間違いしないですけど、手書きで書いていると、「初恋」を「初変」って書いちゃうこと、ありますよね。

そこで、普通は「」→「恋」と直すわけですけど、多和田さんの小説を読んでいると、「初変祭りって、面白そう」となっちゃうんですね。

「初変祭りとは、思春期をむかえた男女が、思いつく限りの変人ぶりを披露する祭りで、その変さによって思考の柔軟性をアピールし、配偶者を見つける祭りである」みたいな。今、即興で考えましたけど。

そういうふうに考えておいて、小説にするもよし、詩にするもよし、はたまた初変祭り史をつくってもよし、楽しみは広がりますね。

消されるはずの文字が、人生の楽しみを生むって、良くないですか?

この世に無駄なものは一つもない、みたいな。

学校の国語教育からは逸脱しますが、こういう懐の深さって、必要だと思うんですよね。

多和田葉子さん、素敵な作家さんです。

 

無国籍な空気に負けない漢字パワー。

 で、「穴あきエフの初恋祭り」に登場する人たちは、魚籠透(ビクトル)、那谷紗(ナターシャ)となっています。

読みからして、明らかにロシア系と思われるのに、漢字名。

舞台はキエフ。穴あきエフ……ですね。

こういうダジャレ&語呂合わせみたいな固有名詞で、ストーリーは進みますが、この魚籠透や那谷紗が、物語世界をどんどん無国籍にしてくれます。

なんですけど、漢字名ばかりを見ていると、だんだん東洋人の顔をイメージするようになっちゃうというか。

恐るべし、漢字パワー。

漢字は、中国からの借り物ですからねえ。意識の首根っこを押さえられているんでしょうか。

まあ、東洋系のウクライナ人の方も、いらっしゃるんですけどね。

そういう事情とは別の、文字そのものの力を楽しめるところが、面白いと思います。

 

ということで。

結局、途中から「多和田葉子作品はいかに面白いのか」を語る記事になってしまいました。

この『穴あきエフの初恋祭り』以外の作品も面白いので、私もこれからどんどん読んで(再読&初読)いきたいと思います。

小説が読めない時期も、本だけは買ってたりしたんですよね~、人はそれを積読という。

積読本なのに、最初から本棚にさされてある……というのが私の中の多和田葉子さんの位置づけです。別格に好きなので。

ただ、好きゆえに読みすぎると、ブログの文章も全部多和田葉子調に感染してしまうんだな、これが( ̄▽ ̄;)

こわいねえ、もはや教祖様やねえ。

文学にはそういう感染力があるので、いたい人になりたくなければ、つまみ食い状態が一番です。

そう、いろんな人の作品を読む!

今年はそういう方針で、本を読んでいきますので、おつきあいいただけましたなら幸いです。

ありがとうございました。m(_ _)m

 

穴あきエフの初恋祭り

穴あきエフの初恋祭り